自己実現で描く

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アハアハと笑いながら、恵賀くんは高取くんの寝顔を眺めています。
しばらくして、恵賀くんは声を上げました。
「おい、そろそろ起きろよ!」

高取くんはその声にビクッと身体を反応させるや、両眼の焦点を合わせました。
「おまえ、仕事中に寝るんじゃないよ」と、微笑みながらも恵賀くんは畳みかけてきます。
6年先輩に対しても、ちょいと相手の弱みをつかむだけで、もうタメ口なのです。

高取くんも負けてはいません。
「寝てるんじゃない。ちょっと集中力が欠け、意識が朦朧となって、視野がぼやけてきて、時間の経過がわからなくなっただけだ!」と、寝ていたことを別の表現に変えて反論しました。

そして「俺のせいではない。コイツが悪いんだ!」とやや興奮がちに、デスクの上で開いてた本を見せつけました。
「地球環境保全における企業コンプライアンスのあり方って、こんな高尚なテーマ、おまえにゃわからんだろが!」とあきらかに自慢入りです。
「寝てたくせに......」と恵賀くんは静かに抵抗しましたが、高取くんはそれに応えず「本など読むことぐらい容易いのだが、如何せん頭には内容が全く残らんのだ......」とため息。
高取くんは経営企画室でCSRを担当しているため、書籍に記述された内容を頭にたたき込まなければならない立場なのでした。

「許して欲しかったら、読んだ本の内容を把握できる方法を教えろよ」とリクエストしてくる高取くんに、「このまま教えなかったら、何を許さないのだろうか?」と疑問をよぎらせながら、「それだったこんな方法はいかが?」と恵賀くんは半笑いで立ち向かいました。

つづく
自己実現で描く】| 2011年3月13日 | コメント(950) | トラックバック(0)


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恵賀くんは、高取くんが音を上げている本を取り上げて、パラパラとめくりました。速読するかのように、眼球が上下へと激しく動きます。
高取くんは興味深く、その様子を眺めています。

しばらくして恵賀くんが「ねぇ、一体全体ここに書かれている何がわかんないの?」と問いかけると、「たとえば地球の温暖化。どうしてそうなっちゃうのかって、一応自分では理解できているんだけど、知識のない人たちにわからせるとなると難しくってね」と高取くんは答えました。
「では落ち着いて、ボクの説明を参考にしてね」と恵賀くんは、別に慌ててもいない高取くんに告げました。そしてペンを取り出し、紙をデスクに拡げ、高取くんに視線を投げました。

「この本の中で、一番大きな存在って何?」
「そりゃ、我が故郷、地球だよ」
「では地球を紙の真ん中に描く。その時に注意しなければならないことは、絵に凝らない。本の内容の理解がメインだから、サクッと簡単に描けばいいんだ。ほらね」
恵賀くんはクルリとペンを操り、地球らしき絵を紙面に描きました。

さらに恵賀くんは、「温室効果ガスを地球のまわりに配置して......」と続けます。
「我々の活動から吐き出されるCO2などが温室効果ガスとして、太陽から受ける日射エネルギーをため込み、その結果、地表に熱が......」
「そうやって絵にして理解する方法も考えたさ。ま、一つの方法としてね......」と言いながら高取くんは立ち上がり、恵賀くんの背中にまわって描かれる絵に見入っています。

「はい。これで出来上がり」と恵賀くんは、地球温暖化のメカニズムを一枚の絵に表したあと、「ね、絵にしながら本の内容をまとめると、中身を把握しやすいよね。では、さらば」と立ち去ろうとしました。
「おい、おい」と高取くんは慌てて、恵賀くんに追いすがります。
さらなる教えを請うために......。

つづく
自己実現で描く】| 2011年3月16日 | コメント(1062) | トラックバック(0)


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恵賀くんが最近お気に入りなことは、懇願しているくせにその姿を隠そうとする相手を眺めること。
だから、「おい、本の内容を絵にするって、どういうことなんだよ」と焦る高取くんを見ていると、なんだか嬉しくなってくるのです。

恵賀くんは、満足げに口を開きました。得意の説明口調で語ります。
「自らのレベルアップに役立てる"本の読み方"はたくさんあるけど、ボクが勧める方法は、インプットした内容を自らがオリジナルな表現によってアウトプットしていくこと。つまり描くという行為を通じて、それを成し遂げることなんだ」

眉をしかめる高取くんに対して、「例えばね」と恵賀くんは続けました。
「翻訳家が自分の中にいると思えばいい。書物から得られた情報を、自分にとってわかりやすくまとめ直す役目。それを絵を描くことで適えてしまうんだ。ただ全ての情報を訳すわけにはいかない。自分として必要だけど腹落ちしていない事柄だけに着目すればいい」

恵賀くんは「じゃぁ、得られた情報を描くポイントをまとめるね。今回のことを例にすると......」といいながら、
「まず訳したいテーマに対して、もっとも大きな存在をシンプルに描く。今回は地球だよね。そこに関係性のある対象をバランスよく配置していく。特に重要な対象は、線種を変える。たとえば太線や破線などにして調子を変え、注意を集めるんだ。今回は温室効果ガスや太陽から送られるエネルギーに注目するように。......ほらね。絵にしながら理屈がまとまってきて、描くというプロセスによって理解が深まっていくだろ。できあがったら、その絵を見直すことによって記憶への定着がググンと進むんだ」
と言い終えると、高取くんを指さしました。

「だからアンタのように、ただ漠然と本の文字を追っているだけでは、何にも頭には残らない。ハッキリ言ってアンタの読書は、時間の無駄なのさ」
「えぇ〜、きつぅ〜」とたじろぐ高取くんを尻目に、恵賀くんは口をすぼめてお得意のビリー・ジョエル『ストレンジャー』を奏でるのでした。

第9話おわり
自己実現で描く】| 2011年3月18日 | コメント(980) | トラックバック(0)