情報共有で描く

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なになに、吉野さんが大きなため息をついています。
恵賀くんはそお〜と近づき「あらあらおかしいよ。そんな顔してちゃ」と、ちょい低音でささやきました。
「なんでもないの。ほっといて......」と、吉野さんはそっけなく言い放ちます。

その反応が恵賀くんを大いに落胆させたところへ、
「どうして私の伝言メモって、部長に読んでもらえないのかなぁ」
と、独り言にしてはハッキリとした声で吉野さんは呟きました。
恵賀くんはいつもの高音に戻して、「ボクでよろしければ、事情を聴かせてもらえますか」とやや弱気な問いかけです。

「実はね。私、字が下手なの。ミミズみたいな文字になっちゃうの。だから、伝言メモを書いても、ちゃんと読んでもらえないの。それだけじゃないの。部長の机にはたくさんの伝言メモが溜まるの。その中で私のは埋もれちゃうの。重要な要件なのに目立たず、やっぱ読んでもらえないの。それでね、部長に怒られちゃうの」
と、吉野さんは切々と訴えます。
そして、「ほら、ごらん」と自分が書いた伝言メモを恵賀くんに差し出しました。

そのメモを見たとたん、恵賀くんはサッと手を引っ込めました。
紙面にミミズが這っていると見間違ったからです。
「確かにこの文字じゃ、読めたもんじゃないな。落書きだよな。ボクでもゴミ箱へ捨てるよな」と唸った恵賀くんでしたが、「大丈夫。ボクがいいことを教えてあげるよ」とニヒルな笑顔で吉野さんに流し目を送りました。

つづく
情報共有で描く】| 2011年2月14日 | コメント(1690) | トラックバック(0)


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ミミズの這う文字で悩む吉野さん。
恵賀くんはなるべく彼女を傷つけないように、
「吉野さんの字が下手くそすぎるだけで、伝言メモを読んでくれない訳じゃないんだ。文章って最初から順番に読まないと、意味がわからないよね。だから、誰が書いても、読む気のない人にとっては充分に内容が伝わらない。きっと部長は別の人の書いた伝言メモでも、ちゃんと読んでいないよ。たまたま吉野さんが受ける伝言に、大事な要件が多いだけなんだよ」
と優しくささやき、
「だから吉野さんが飛び抜けて字が下手くそで、どうしようもなくても、それだけが原因で読んでもらえない訳じゃないんだ」
と、状況をまとめました。

吉野さんは「なんだか、わかったような気がするけど、......何?この腹立たしさは......」とちょっぴり引っかかりながらも、理解を示しました。

「だから、こうすればいいよ」
恵賀くんは、吉野さんのメモの左上にサラサラと電話の絵を描きました。
そして説明口調で続けます。
「文字を読むってのは、左脳的な処理。いわば直列的な情報伝達なので、すべてに目を通さないとその内容を知ることができない。絵は、イメージとして右脳に飛び込む。その形状をつかむことによって、大まかな主旨を捉えることができる。絵の印象から興味を得られれば、それに続く文字を読む動機付けにつながっていく」

恵賀くんは、吉野さんを見つめて、
「だから君のような悪筆でも、何も恥ずかしがることはない。いやだからこそ、相手に通じるための情報提供へ努力するきっかけとなった。素晴らしいことじゃないか。悪筆バンザイだよ!」
と言い残し、その場を去ります。
「ま、待って! あなたの屁理屈はわかったけど、どうやってメモに描けばいいの?」と追いすがる吉野さん。

さらなる教えを請うために......。

つづく
情報共有で描く】| 2011年2月16日 | コメント(893) | トラックバック(0)


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吉野さんは恵賀くんを呼び止め、
「あなたは絵が上手いから偉そうなことを言えるけど、私はそんな特技なんて持っていない。何をどう描いたらいいのか、私でもできるように教えなさいよ」
と、なんだか必死です。

恵賀くんは「慌てなさんな」とばかり、ゆっくりと振り向きながら、
「仕事には"緊急度"の高い用件と、"重要度"の高い用件があるよね。その観点を知らせるつもりで、伝言メモへ記すんだよ」
と応じました。
そして吉野さんを椅子に座らせ、恵賀くんはメモ用紙を手にしました。
「まずは絵を描く場所。横書きの場合は、紙面の左上だね。最初に目に留まる場所だから。そして緊急な用件はまず対象を描き、そこに波線など加えて動きを伝える。ね、急いでって訴えて見えるよね」
ササッとペンが走ります。

「では次ね。要な用件は、何をして欲しいのかを簡単に表す。相手がやらなければならない行動を、シンプルにイメージさせるんだ。そう、フィニッシュの状態がわかるようにね」と、恵賀くんは声を張りました。
「その他に重要人物からのメッセージなんかは、"偉い人"っぽいキャラを描く。人物の絵って、目に付きやすく惹きつけられるもんね」

しかし、吉野さんはあきらめ顔で、「やっぱ、私には無理だわ」と呟きます。
恵賀くんはすかさず、
「間違ってはいけないよ。絵を描くことに慣れていないだけで、決してできないことじゃないんだ。そうやって、自分に限界を感じていたら、いつまで経っても何も変わりゃしないよ。そう、これからもずっとミミズ女って笑われ続けるよ!」
と、別にミミズ女って呼ばれているわけでもない吉野さんに、熱く訴えました。

「ボクが描いたサンプルを練習したら、大概の用件は対処できる。ボクを信じて、やってご覧よ」と恵賀くんは言い切り、ビリー・ジョエルの『ストレンジャー』を口笛で忠実に再現しながら、自席へ戻っていくのでした。

第5話おわり
情報共有で描く】| 2011年2月18日 | コメント(1191) | トラックバック(0)


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イライラと、恵賀くんは初瀬くんを睨みつけています。
初めて訪問する取引先への道順を、初瀬くん自身が描いた地図では辿り着かないのです。
それで二人は、さっきから同じ場所をグルグルと歩き回っていました。

「おい、どうして自分で描いた地図がわからないんだよ!」と、4年先輩の初瀬くんへ恵賀くんは怒り口調です。
「大野主任に教えてもらった道を、聴いたとおりにちゃんと描いたんだけどね......」と、無数の線が交差する手書き地図を初瀬くんは必死に読み取ろうとしています。
「Googleマップなんかで画面を印刷して、持ってくりゃよかったのに」
「ああいう地図っていろんなものが描かれているじゃん。余計にわかんないんだよ。こうやって実際に行ったことのある人の話を聴いて、描き写すほうが迷わないんだ」
「思いっきり、迷ってんじゃん」

恵賀くんは初瀬くんが手にする地図を取り上げ、「そりゃこんな地図じゃ、役に立たないよ」と吐き捨てました。
確かに、駅から延びる多くの道は聴いた通りかもしれませんが、正確に描こうとしてかえって複雑になり収拾が付いていないのです。

「その辺りの人に道を尋ねようよ」と恵賀くんは提案しましたが、「あんなちっぽけな会社、誰も知らん」と初瀬くんは辛辣に却下します。
どうしても自分が描いた地図で目的地に辿り着きたい様子です。
そんな初瀬くんに「会社に帰ったら、アンタに地図の描き方をたたき込んでやる!」と、恵賀くんは啖呵を浴びせました。

つづく
情報共有で描く】| 2011年3月21日 | コメント(912) | トラックバック(0)


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取引先へなんとか辿り着き、そこでの商談を終えて会社に戻った恵賀くんは、早速初瀬くんの胸ぐらをつかみ、「アンタは地図の描き方さえわかってないのかよ!」と凄みました。
そしていつものように、恵賀くんは講釈を垂れ始めたのです。

「どうせアンタは、地図を作る際に大野主任へ『駅から何本目の道を曲がるのですか?』とか『ここの距離は何メーターありますか?』なんて聴いたんだろ。どうせアンタは......」
初瀬くんは、黙って頷きました。
「あんねぇ。初めて訪れる場所に対しては、正確に地図を作るなんて必要ないんだよ。行き先までの道順を印象として捉えて描く。歩行者の目線で!」といいながら、恵賀くんは紙の上にペンを走らせます。
そして次々と地図を描くポイントを描き並べたのです。

「まず、地図って上が北だという常識を持って見る。したがって、その法則には従うこと」
道幅によって、それぞれの道の違いを表すこと」
建物はその名称を読ませるのではなく、形でわかるよう象徴的に示すこと」
建物の向きは、道に沿ってどちらが入り口かで描く向きを変えること。ほら、この神社の鳥居のように」
「距離なんて測れないが、時間は計れる。だから不要な部分を省いたら、そこに所要時間を書き込むこと」
「さらに道を割愛する場合は、次の目印となるランドマークを必ず記しておくこと」
「徒歩はその道順を示し、一目で徒歩だとわかるように破線などを用いること。テクテクって感じに」

恵賀くんのアドバイスに、初瀬くんはただ頷くばかり。
「これで目的地に到着する地図を描けるよね」と、言いたいことを言い切った恵賀くんは、笑顔になりました。そして、お約束のごとくその場を離れます。
「おい、もっと何かアドバイスがあるだろ」と、特に疑問もなかった初瀬くんだけど、一応恵賀くんを呼び止めました。
さらなる教えを請うために......。

つづく
情報共有で描く】| 2011年3月23日 | コメント(914) | トラックバック(0)


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恵賀くんは初瀬くんの目を見つめて、「常識の力を借りるんだ」と静かに告げました。
「逆に常識に逆らうと、伝えようにも伝わらないことがある。逆に......」

「地図では北が上になるから、東は右側で西は左側。だから、大阪から東京に向かう場合には、左から右へ流れるように描く。ほら、この新幹線のようにね。逆に東京から大阪への移動を示す場合は、右から左へと描く。逆に......」
と、恵賀くんは新幹線らしき絵を空中に描きます。

「人を描くときは、頭部を球体。身体を円錐にするとそれらしいよね。そこで男女の描き分けるには、その身体部分に特徴を出す。男性なら下にすぼませ、女性なら逆に拡げる。スカートをはいているかのように見せるわけだね。逆に......」
と、全身を使ってその形を真似ています。

「こうした常識的なモノの見方を利用することで、相手が受け取るイメージの威力が増すのさ。提案書などの資料づくりにも役立つよね」と、恵賀くんは手を挙げたり足を上げたり、はりきって説明をしました。
すると何だか楽しくなってきた恵賀くん。
そのままアップテンポな『ストレンジャー』を口笛で奏でながら、初瀬くんの存在を忘れて踊り続けました。

第10話おわり
情報共有で描く】| 2011年3月25日 | コメント(879) | トラックバック(0)


ザワザワとした雰囲気の中で、壇上の大和社長が声を枯らしています。
大会議室に社員全員を集めて、来年度の経営方針を伝えているのですが、どうも一人ひとりに響いていない様子です。
そうした社員の反応が大和社長を焦らせるのか、次第に語気が荒らげてきました。
参加している恵賀くんも、カメラ目線で「ダメだこりゃ!」的な表情を浮かべています。

大和社長が会社の将来を示す方向性には、「社会貢献」、「創造発展」、「顧客満足追求」など、いかにも尤もらしい言葉が並ぶのですが、心に突き刺さりません。
どれも抽象的でピンと来ないのです。

恵賀くんは心の中で呟きます。
「社長といえども意見しなくちゃ......」
そうして、大和社長の所信表明が終わったその足で、恵賀くんは社長室の扉を叩きました。

つづく
情報共有で描く】| 2011年3月28日 | コメント(1049) | トラックバック(0)


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「君がここへ来るのを待っていたんだよ」
鼻息荒く社長室に飛び込んだ恵賀くんへ、大和社長が静かに告げました。
「私の方針説明で、君が『ダメだこりゃ』的な表情を浮かべておったのが目に入ったからね」
恵賀くんはその指摘に勢いが削がれたばかりか、「さすが社長。お目が高いですな」と"目が高い"を誤用しながらへりくだりました。

「社内での君の評判は聞いている。直面するいろんな課題に対して、絵を描くことで乗り越えていくらしいな」と、大和社長が続けます。
「だから君はここへ来た。私の下手くそな説明を何とかするために......」
その図星に一瞬たじろいだ恵賀くんでしたが、「はい。その通りです」と言い返しました。
「ほほう、ではどうすればいいんだ」と、大和社長は突っ込んできます。

「社長が仰る"社会貢献"や"創造発展"などは素晴らしいメッセージなのですが、どうもそれらのイメージがよくわかりません。そしてキーワード一つひとつが互いにどうつながり作用し合っているのかも、聴いている社員どもには理解できないんです!」
恵賀くんは社長相手にタメ口になるのを、必死に堪えました。

「そこで絵を描いて説明したらいいのでは、と私に提案するのだね」
「はい」と答えた恵賀くんは、「アンタ、ぼんやりせずに手伝って!」と社長秘書を顎で使い、ホワイトボードを社長の前に用意させたのです。

「では!」と恵賀くんは気合いを入れると、サササッと盤面にペンを走らせます。
しばらくして、ホワイトボードには大きな木が描かれました。
「これが社長のめざす我が社の将来像です!」

大和社長の右眉毛が、グイッとせり上がりました。
そしてゆっくりと口が開きます。
さらなる教えを請うため、......なのでしょうか?

つづく
情報共有で描く】| 2011年3月30日 | コメント(997) | トラックバック(0)


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恵賀くんは社長室をゆっくりと歩き回りながら、大和社長を一瞥し、
「"社会"とは何を対象にしているのか。それを"貢献"するとはどういうことなのか?」
「"創造"とはどういう活動を指すのか。それが"発展"するとはどうなることなのか?」
と質問形式で語ります。

「勿体ぶるんじゃないよ」と言わんばかりに、大きく息を吐いた大和社長。
「まぁ、慌てなさんな」と言葉には出さずに、立ち止まった恵賀くん。

「社長が仰る一つひとつの言葉に理解ができても、その定義や認識は社員それぞれが違っています。聞き慣れたキーワードを並べても、聴いている方の解釈は異なってしまうのが現実なのです。ですから......」と、ホワイトボードを指さし、
「こうしてそれぞれのメッセージを示すモチーフを見つけ出し、絵を用いてビジュアル化することで、皆には同じ概念が伝わる。未知なる将来像にあきらかな方向性が示されるとさえいえましょう。したがって......」

恵賀くんは社長の手を取って、「こちらへ」と自分の職場まで案内しました。
「もうすでに当方が解釈した絵を職場で配布しております。ほら、ご覧のようにメンバーが互いに同じ価値観を共有しながら、話し合いが進んでいるでしょう」
確かに社員の対話の中には、恵賀くんの示したビジュアルが浮かんでいるように思えます。

「ほほう」と大和社長は唸りました。
「......で、いつこの絵を描いて、みんなと共有したのかね? なんだか時間の流れにつじつまが合わんが......」
という疑問などお構いなしに、恵賀くんは続けました。
「このような状態になれば、トップからのメッセージが共有化され、組織目標と個人活動のベクトルが合っていきます。こうした全社員の目標感を合わせることにこそ、経営トップとしての醍醐味があるとは思われませんか?」

恵賀くんはそう言い切ると、唇を細めて『ストレンジャー』の旋律を吹こうとしたその時です。
「よぉ〜く、わかった。では早速、君に辞令を与えよう!」
と、得意の口笛を遮るかのように、大和社長は恵賀くんの肩に手をやりました。
「えっ、え、え〜!」と大いに動揺する恵賀くんは、急なプレッシャーに弱いようです。

さて次回、恵賀くんの身に何が起こるのでしょうか!

第11話おわり
情報共有で描く】| 2011年4月 1日 | コメント(971) | トラックバック(0)